オーストラリアについて
Australia in Brief
文化と芸術
オーストラリアの文化と芸術は、古い伝統と新しい影響が、国内で独特に混合されてきたことを反映している。それはオーストラリアが連綿と続く世界最古の文化的伝統の発祥地であると同時に、移民文化が豊かに融合した土地柄でもあることの賜物である。
オーストラリア政府はあらゆるレベルで、芸術を支援し、絵画や書籍、口述歴史、自然歴史標本のような有形物を通じ、あるいは伝統や慣習の中で表現されている無形のものを通じ、国の文化遺産を保護、振興、拡大しようと決意している。
広範な芸術、文化、および伝統遺産のために、オーストラリアでは毎年およそ55億ドルが、政府の財源から支出されている。オーストラリアの芸術とそれに関連した産業部門全体の規模は340億ドルと推定される。
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オーストラリア・カウンシルは、政府の芸術における資金とアドバイス提供の機関で、新設や既存の芸術組織と共に、若手、新進、あるいはすでに名をなした芸術家を直接支援している。カウンシルは、オーストラリア全土で、文化振興、舞踊、文学、音楽、ニューメディア芸術、演劇、視覚芸術/工芸および先住民の芸術様式に関わる、芸術家や芸術組織に対して、毎年1,700件以上の助成金を支給している。
オーストラリアでは、芸術と文化の活発な活動が見られ、あらゆる形式の視覚や舞台芸術に熱狂的なファンを抱えている。
最近の調査の一つによると、1,400万人近いオーストラリアの成人(総人口の85パーセント)が、年に1回は文化的イベントか公演に出かけている。最も人気のある芸術は映画で、毎年国民のおよそ65パーセントが観ている。ポピュラー音楽のコンサートは25パーセント以上、アート・ギャラリーや美術館は23パーセント、オペラやミュージカル鑑賞が16パーセント、劇場の公演が17パーセント、ダンス・パフォーマンスが10パーセント、そしてクラシック音楽のコンサートが9パーセントとなっている。
ビジュアル・アーツ
視覚芸術に携わる芸術家たちは、国のイメージ形成に大きな役割を果たしている。1970年代の初期には、アボリジニとトレス海峡島しょ民アーティストの作品が国際的な注目を集めた。ノーザン・テリトリー(北部準州)に住むアボリジニの長老たちが、それまで砂に描いてきた創造神話世界の「ドリームタイム」デザインを、木版やカンバスに移して表現したことは、先住・非先住双方の人たちの間に新しい絆を生んだ多くの試みの一つであった。
1980年代と90年代には、著名な芸術家のローヴァー・トーマス(Rover Thomas)や、エミリー・ウングワレー(Emily Kngwarreye)などが、アボリジニとトレス海峡島しょ民の間に伝わる文化の精神的な伝統を基礎にして、現代絵画を描いた。
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オーストラリアの美術館には推定5,490万点の作品や絵画が、国立や地方の図書館には推定1,130万点の図書類が収蔵されている。
1890年代のハイデルバーグ派(Heidelberg School)はオーストラリアにおける最初の特筆すべき芸術運動であった。アーティストのアーサー・ストリートン(Arthur Streeton)やフレドリック・マッカビン(Frederick McCubbin)、トム・ロバーツ(Tom Roberts)のような人たちは、19世紀末から20世紀初頭にかけてのオーストラリアの生活を描いた。彼らの絵はオーストラリアの文化的背景を今に伝え、国の過去との重要な橋渡しに役立っている。
ハイデルバーグ派(オーストラリア印象派)の画家たちは主としてメルボルンに住んでいたが、ノラ・シンプソン(Nora Simpson)やグレース・コッシントン・スミス(Grace Cossington-Smith)のような画家による初期のモダニズム運動はシドニーで始まった。
シドニー・ノーラン(Sidney Nolan)やアーサー・ボイド(ArthurBoyd)、アルバート・タッカー(Albert Tucker)のような象徴的なシュールリアリストの出現は、例えば、ノーランはオーストラリアの、特に伝説的な無法者ネッド・ケリー(Ned Kelly)に焦点を当てるなど、オーストラリア芸術に新しい局面を持ち込んだ。20世紀中期から後期にかけての、その他の注目すべき芸術家のなかには、ラッセル・ドライズデイル(Russell Drysdale)、ジョン・オルセン(John Olsen)、マーガレット・オリー(Margaret Olley)、フレッド・ウイリアムズ(Fred Williams)、ハワード・オークリー(Howard Arkley)、マーガレット・プレストン(MargaretPreston)、ジェフリー・スマート(Jeffrey Smart)、クリフトン・ピュー(Clifton Pugh)、ウイリアム・ドーベル(William Dobell)、ブレット・ホワイトリー(Brett Whiteley)などが含まれる。
現代オーストラリアのビジュアル・アーティスト達は、一風変わったオーストラリアの物語を伝えている。ウイリアム・ロビンソン(WilliamRobinson)、トレーシー・モファット(Tracey Moffat)、ロゼラ・ナモック(Rosella Namok)などの芸術家たちは、写真、彫刻、インスタレーション、絵画、舞台芸術など、数多くのメディアを駆使して、環境問題、都会での隔絶、地域社会の変貌など、現代のオーストラリアが直面する問題を反映した作品を制作するしている。
パフォーミング・アーツ
オーストラリアのパフォーミング・アートは、エネルギッシュで独創性や多様性に溢れている。サーカス・オズ(Circus Oz)、レッグス・オン・ザ・ウォール(Legs on the Wall)や先住民グループのバンガラ・ダンス・シアター(Bangarra Dance Theatre)、アボリジナル・アンド・アイランダー・ダンス・シアター(Aboriginal and Islander Dance Theatre)などは、その作品の質の高さで世界中から高く評価されている。
オーストラリアのダンスは、その活力で知られている。オーストラリア・バレエ団やシドニー・ダンス・カンパニーなどの大きなグループは、内外の様々な作品から成る幅広い演目のレパートリーを持ち、各地で定期的にツアーを行っている。ルーシー・ゲリン(Lucy Guerin)やオン・オバルザネック(Gideon Obarzanek)、マギー・シーツマ(Maggie Sietsma)らの振付師やダンサーたちは、ナイトクラブや伝統に囚われないステージで年中上演して、新たな観客層を発掘している。
オーストラリアの音楽は、戦後の移民で非常に豊かになり、ジャンルも驚くほど幅広い。カザフスタン生まれの天才クラシック・ギタリストであるスラバ・グリゴリアン(Slava Grigoryan)は、アルゼンチン・タンゴやブラジルのボサ・ノヴァにも挑戦している。オーストラリア・ブランデンブルグ管弦楽団やオーストラリア室内管弦楽団は世界最高クラスの評価を得ている。バイオリニストのリチャード・トネッティ(Richard Tognetti)、ピアニストではロジャー・ウッドワード(RogerWoodward)やジェフリー・トーザー(Geoffrey Tozer)、サイモン・テデスキ(Simon Tedeschi)、指揮者でバイオリニストのニコラス・ミルトン(Nicholas Milton)などが、オーストラリアのステージや世界各地のコンサート・ホールでお馴染みの演奏家である。
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オーストラリア・カウンシルが発表した2005年度のレポートによると、290万人を超えるオーストラリア人が有給・無給なんらかの形で芸術・文化活動に関わった。有給の人たちの中で、185,000人以上が書くこと、239,000人がデザイン、183,000人はビジュアル・アートに関わっていた。無給の人たちは、580,000人以上がイベント組織、597,000人がビジュアル・アート、336,000人が書くことに携わった。
国立のオペラ・オーストラリアは世界の中で最も忙しいオペラ劇団の一つで、華やかなシドニー・オペラ・ハウスを本拠にし、伝説的なネリー・メルバ(Nellie Melba)やジョアン・サザーランド(Joan Sutherland)らの伝統的遺産は、デボラ・リーデル(Deborah Riedel)、リサ・ガスティーン(Lisa Gasteen)、イヴォンヌ・ケニー(Yvonne Kenny)などのスターに引き継がれている。
ポピュラー音楽の基礎は、イージービーツ(Easybeats)、AC/DC、インエクセス(INXS)、ポール・ケリー(Paul Kelly)、ミッドナイト・オイル(Midnight Oil)などで固められて、そのオリジナル・ロックやポップ・ミュージックが良く知られている。若者向け全国ラジオ放送局トリプルJ(Triple J)は、才能のある新人を積極的に発掘している。ミッシー・ヒギンズ(Missy Higgins)やジェット(Jet)、ウェイフス(Waifs)、ウルフマザー(Wolfmother)、ベン・リー(Benn Lee)のような新進のアーティストたちも世界的な評判を獲得し始めた。4人組バンドのザ・ウィグルス(The Wiggles)には多くの国で子供たちの熱狂的なファンがいる。
各州は、多数の小規模劇団やグループの他に、それぞれ一つの主要な劇団を抱えている。連邦政府は、コミュニティーの独自性や福祉を強化し、住民の幅広い参加を奨励できるような活発な文化的生活を、地域社会が推進し維持できるようにすることを約束している。
また、様々な劇場や文化センター、音楽会場などで定期的に行わる公演の他に、オーストラリアでは毎年いくつかの大規模な芸術祭や数多くのコミュニティーや地方の多彩なフェスティバルが催されている。
オーストラリアの文学
オーストラリア文学の歴史は、先住民たちが物語で伝えた口承文学で始まり、18世紀末にオーストラリアへ送られてきた囚人たちの口伝えの物語に引き継がれた。新しい植民地が広がるにつれて、こうした物語や経験は記録されるものが増え、オーストラリア独特「storytelling」の伝統の基礎が築かれた。
初期の作品のいくつかは、オーストラリア文学の正典として残っている。その中にはマーカス・クラーク(Marcus Clarke)の『For the Terms of His Natural Life』、ヘンリー・ローソン(Henry Lawson)の短編や潅木地帯を題材にした物語詩、アンドリュー・バンジョー・パターソン(Andrew 'Banjo’Paterson)の「The Man from Snowy River」や「Waltzing Matilda」などの歌詞が含まれる。20世紀初期の二人の重要な作家は、マイルズ・フランクリン(Miles Franklin:『My Brlliant Career』1901)とヘンリー・ハンデル・リチャードソン(Henry Handel Richardson)のペンネームで書いていたエセル・リチャードソン(Ethel Richardson)であった。
オーストラリアのノーベル文学賞作家には、1973年に受賞した小説家パトリック・ホワイト(Patrick White)が一人いる。
20世紀の著名なオーストラリアの作家には、トーマス・キニーリー(Thomas Keneally:『シンドラーズ・リスト1200人のユダヤ人を救ったドイツ人(Schindler’s Ark)』で1982年ブッカー賞を受賞)、 ピーター・ケアリー(Peter Carey:『オスカーとルシンダ(Oscar and Lucinda)』で1988年、また『True History of the Kelly Gang』で2001年ブッカー賞を受賞)、D.B.C. ピエール(DBC Pierre:『ヴァーノン・ゴッド・リトル(Vernon God Little)』で2003年ブッカー賞を受賞、本名Peter Warren Finley)、ケイト・グレンヴィル(Kate Grenville)、クリストファー・コッチ(Christopher Koch)、エリザベス・ジョリー(Elizabeth Jolly)、デヴィッド・マローフ(David Malouf)、クリスティナ・ステッド(Christina Stead)、モリス・ウエスト(Morris West)、ティム・ウィントン(Tim Winton)などが含まれる。ジェラルディン・ブルックス(Geraldine Brooks)は『March』で2006年フィクション部門のピューリッツァー賞を受賞した。
現代詩人のレス・マレー(Les Murray)とノンフィクション作家のヘレン・ガーナー(Helen Garner)、ロバート・デセイ(Robert Dessaix)も批評家から高く評価されている。国外へ出て国際的に認められながら、今もオーストラリアとの強い絆を保っている多くの作家では、ジェルメーヌ・グリアー(Germaine Greer)、ジェフリー・ロバートソン(Geoffrey Robertson)、シャーリー・ハザード(Shirley Hazzard)、ロバート・ヒューズ(Robert Hughes)、クライブ・ジェームス(Clive James)、ピーター・ポーター(Peter Porter)などが最も良く知られている。
活気のあるファッション
活気に溢れた個人主義者の国としてのオーストラリアの評判は、華麗なスタイルが豊かに、そして色鮮やかに溶け込んだ、この国のファッションで一番よく表現されている。
国際的に高い評価を得ているデザイナーには、文化の融和を見事に実現させた作品で知られるアキラ・イソガワ (五十川 明) やナオミ・ワッツ、サラ・オハラ、ヘレナ・クリステンセン、シャーリーズ・セロンなどの有名人がひいきにしている国際ファッション界の常連コレット・ディニガン(Collette Dinnigan)が含まれる。
そして、オーストラリアのサーフ・カルチャー、落書きアート、アートや子供時代の夢などからヒントを得て、全く違った基準に沿った自分たち独特のスタイル感覚を創り上げている若手デザイナーたちも活躍している。ダイナミックな新しいレーベルには、シドニーのボンダイ・ビーチ付近を本拠にした「ツビ(Tsubi)」や「サス・アンド・バイド(sass&bide)」、スパンコールをキラつかせたランジェリー系のファッションで最近国際舞台にデビューした「ウィロー(Willow)」がある。
オーストラリアの映画 - 新しい時代 ミカエラ・ボーランド
2008年には、オーストラリアで最も急速に頭角を現した映画製作者バズ・ラーマン(Baz Luhrmann)が、ニコール・キッドマン(Nicole Kidman)とヒュー・ジャックマン(Hugh Jackman)の主演で、太平洋戦争中に日本軍によるダーウィン爆撃を背景に、壮大な内陸部に繰り広げられるロマンスを描いた、5年ぶりの労作を完成させた。
僻地の牧場を相続するためやってきたイギリスの美女が、その土地を横取りから守るため、一人の牛追い青年との契約を余儀なくさせられるという壮大なこの物語は、大胆にも「オーストラリア」と名付けられている。 自国の国名を借用しているのは、「ムーラン・ルージュ(Moulin Rouge)」(2001) と「ダンシング・ヒーロー(Strictly Ballroom)」(1992)の監督ラーマンの大胆なやり方である。成功しなければならないプレッシャーがかかっているが、監督とその妻で、2部門でアカデミー賞を受賞しているデザイナーのキャサリン・マーティン(Catherine Martin)とのペアは、素晴らしい成功を収める可能性が非常に高い。
20世紀フォックスは、それとわかるオーストラリア最初の大ヒット作になりそうな映画の、全世界配給を予定している。この作品はシドニーのフォックス・スタジオや、クイーンズランド州、ニュー・サウス・ウェールズ州、ダーウィン、西オーストラリア州のキンバリー山脈とカナナラなどのロケ地で、ほとんどオーストラリア人だけの手で撮影された。
「オーストラリア」の撮影準備中に、ラーマンは新しい制作課税控除獲得のための陳情の列に加わり、今ではオーストラリアの映画製作者とその海外の共同制作たちは、オーストラリアでの認められた制作費に対して40パーセント(テレビの場合は20パーセント)の課税払い戻し請求ができるようになった。
映画「オーストラリア」はこの払い戻しが適用された最初のスタジオ制作作品であるが、「長編アニメガフールの勇者たち(The Guardians of Ga’Hool」)は、シドニーのVFX制作会社アニマル・ロジック社がワーナー・ブラザースの協力を得て制作したものである。
アニマル・ロジック社は、ジョージ・ミラー(George Miller)監督制作のペンギンがタップダンスを踊るミュージカル映画「ハッピー・フィート(Happy Feet)」のデジタル・エフェクトを担当したが、それはコンピュータ・グラフィックスによる描写の可能性の見直しを迫るものであった。
南極でペンギンの集団繁殖地を舞台にした「ハッピー・フィート」は、2007年に全世界でおよそ4億米ドルを稼ぎ、オーストラリア映画史上最高の興業成績を上げた。2006年アカデミー長編アニメ映画賞も(2007年)受賞している。
豊かな多文化の歴史を探究し、謳歌しようとする、若く逞しい国オーストラリアの複雑な全体像を把握するには、現代オーストラリア映画の足跡を見渡す必要がある。
香港からオーストラリアへ移住した自分の家族の困難な出来事を、力強く半自伝的に描いたトニー・エアーズ(Tony Ayers)監督の「Home Song Stories」は、2007年にベルリン国際映画祭でノミネートされ、オーストラリア映画協会(AFI)でも様々な賞を受賞した。この映画では、イレーネ・チェン(Irene Chen)とジョー・ロック(Joe Lok)という素晴らしい2人のスターも誕生している。
2007年にAFIから最優秀映画賞を受けた「我が父ロムルス(Romulus, My Father)」はヨーロッパ移民の苦しかった経験を描いたフィルムで、エリック・バナ(Eric Bana)、マートン・ソーカス(Marton Csokas)、フランカ・ポテンテ(Franka Potente)、ラッセル・ダイクストラ(Russell Dykstra)や、まだ小学生の新人コディ・スミット・マクフィー(Kodi Smit-McPhee)たちの演技が際立っている。
その後スミット・マクフィーは、コーマック・マッカーシーの残忍な大ヒット小説『ザ・ロード(The Road)』のハリウッドでの映画化作品に出演しているが、これは世界の舞台や映画産業で活躍しているオーストラリア人俳優が次々輩出されている中での最新の1例に過ぎない。この映画の監督は海外在住のオーストラリア人ジョン・ヒルコート(John Hillcoat)。
「Lucky Miles」は、オーストラリア北部の辺鄙な海岸に到着した中東からの最近の難民をコミカルに描いているが、「The Jammed」は独立プロの低予算作品で、怪しげな人身売買の暗部を暴いている。劇場公開にこぎつけ、2007年のInside Film(IF)最優秀賞を受賞している。
「Forbidden Lie」は、本人は真実だとふれこんでいるフィクション『Forbidden Love』の作者で、これまでもその虚構性が指摘されているノーマ・コーリ(Norma Khouri)の背後にある真実に強引に迫った作品で、数々のドキュメンタリー賞を受賞した。
「The Black Balloon」は平穏な郊外の家族の物語で、2008年のベルリン映画祭で絶賛を博したが、「Hey, Hey Its Esther Blueburger」はユダヤ系オーストラリア人の経験を探っていて、共に主演はトニ・コレット(Toni Collette)。
オーストラリアの映画制作は、ポール・ホーガンがクロコダイル・ダンディーを演じて以来、長い道のりを歩んできた。
ミカエラ・ボーランド(Michaela Boland)は、「バラエティー」誌の記者と、「Australian Financial Review」紙の映画ライターで、『オーストラリアの一流俳優と監督が語るハリウッド攻略法、オージーウッド』の共著者である。
オーストラリアの映画産業
オーストラリアの映画産業は、斬新さや品質の高さと、世界に訴えるオーストラリアならではの映画の制作で定評がある。
この産業は国際的には地味だが、5万人以上を雇用し、2,000を超える企業が映画やテレビ、ビデオ等の制作に従事している。2006-07年度に制作を開始した長編映画は27本(共同制作3本を含む)であった。
オーストラリアは外国映画のロケ地として高く評価されている。制作者たちは、国際クラスの設備、壮大で起伏に富んだ撮影場所、素質に定評のある出演者やスタッフ、そして撮影後の編集、デジタル/視覚効果を任せられる世界第一級のスタジオを利用するため、オーストラリアへやって来る。2006-07年度には、外国の長編映画6本がオーストラリアで撮影されたが、その内の3本は制作費2,000万ドル超の大作で、その他に16作品がオーストラリアで撮影後の仕上げを行っている。最近撮影された外国映画には、「スーパーマン・リターンズ(Superman Returns)」、「マトリックス(The Matrix)3部作」、「シャーロットの贈り物 (Charlotte’s Web)」、「ゴーストライダー(Ghost Rider)」、「The Ruins」などがある。
オーストラリアの俳優、監督、プロデューサ、衣装デザイナー、脚本家、撮影技師、動画制作者たちに対する国際的な評価が高まりつつある。映画やテレビ制作者は世界最高レベルで、最近その手腕や実績が国際的に認められて注目を集めている。ニコール・キッドマン(Nicole Kidman)、トニー・コレット(Toni Collette)、ケート・ブランシェット(Cate Blanchett)、ラッセル・クロウ(Russell Crowe)、ナオミ・ワッツ(Naomi Watts)、エリック・バナ(Eric Bana)のような俳優は、大量の作品をこなし、様々な賞を獲得、批評家の高い評価を受けて、商業的な成功を収めている。ディオン・ビーブ(Dione Beebe)や アンドリュー・レスニー(Andrew Lesnie)などの撮影監督はそれぞれアカデミー賞を受賞している。受賞歴のある、評価の高い映画製作者の中には、ブルース・ベレスフォード(Bruce Beresford)、ピーター・ウィアー(Peter Weir)、フィリップ・ノイス(Phillip Noyce)、バズ・ラーマン(Baz Luhrmann)、ジョージ・ミラー(George Miller)などがいる。
映画産業の歴史は、世界でも一番古いものの一つである。1906年制作の有名なギャング、ネッドケリーの物語「ケリー・ザ・ギャング(Story of the Kelly Gang)」は、世界最初の長編トーキー映画とされている。
オーストラリア映画はサイレント時代に栄えたが、1920年代に衰退した。1960年代末から1970年代初期にかけて、オーストラリア政府が映画産業支援に乗り出し、映画融資機関の創設や国立の映画・テレビ・ラジオ学校の開設を通じて、オーストラリアには新しい世代の映画制作者が生まれてきた。
彼らの最初の仕事は、「ピクニックat ハンギングロック(Picnic at Hanging Rock)」(1975)、「わが青春の輝き(My Brilliant Career)」(1979)、「英雄モラント/傷だらけの戦士(Breaker Morant)」(1980)、「誓い(Gallipoli)」(1981)のようなオーストラリア初期の歴史を扱った映画であった。もっと現代的な題材で成功した映画には、後に国際的なスターとなる新星メル・ギブソン(Mel Gibson)を主役にした「マッドマックス(Mad Max)」(1979)、ポール・ホーガン(Paul Hogan)の人気コメディー「クロコダイル・ダンディー(Crocodile Dundee)」(1986)やメルボルンの監督ポール・コックス(Paul Cox)制作になる数々の見事な作品がある。
1990年代初期には「ダンシング・ヒーロー(Strictly Ballroom)」(1993)、「プリシラ(Priscilla, Queen of the Desert)」(1994)、「ミュリエルの結婚(Muriel’s Wedding)」(1995)などの、くせのあるオーストラリア・コメディーが誕生した。もっと最近の注目に値する映画には、「シャイン(Shine)」(1996)、「Looking for Alibrandi」(2000), 「ランタナ(Lantana)」(2001), 「裸足の1500マイル(Rabbit-Proof Fence)」(2002)、「Japanese Story」(2003)、「 Look Both Ways」 (2005)、「 WolfCreek」 (2005)、「 Little Fish 」(2005)、 「十艘のカヌー (Ten Canoes)」(2006)」、「Kenny 」(2006)、「 ハッピー・フィート (Happy Feet)」(2006)、「Jindabyne」 (2006) などが含まれる。
現在オーストラリアは、イギリス、カナダ、イタリア、アイルランド、ドイツ、シンガポールおよび中国と映画共同制作の協定を結び、フランス、ニュージーランドとは覚書を交わしている。南アフリカとも協定の交渉中である。
近年オーストラリアの映画やテレビに対する政府の支援が進んでいる。直接の資金援助は、フィルム・ファイナンス・コーポレーション・オーストラリア(Film Finance Corporation Australia :FFC)、オーストラリア・フィルム・コミッション(Australian Film Commission :AFC)およびフィルム・オーストラリア(Film Australia)が従来から行っているが、2007年9月から新しく映画制作に対する課税控除の制度が導入され、政府の間接的な援助も強化された。この制度には互いに併用できない3つの特典がある:
- 制作費控除: オーストラリアを大きく取り上げた内容の作品の認められた制作費に対して、映画は40パーセント、その他のメディアは20パーセントの税金払い戻し
- ロケーション控除: オーストラリアで制作される高額予算作品の認められた制作費に対する15パーセントの税金払い戻し
- PDV控除: 映画制作場所の如何に関わらず、規模の大きな撮影後の編集、デジタル/視覚効果 (PDV)がまとめてオーストラリアで行われた場合、15パーセントの税金払い戻し
政府は、FFC、AFCおよびFilm Australiaの機能の大部分を、連邦議会で可決後、新設の法定機関スクリーン・オーストラリア(ScreenAustralia)の下に統合し、2008年7月1日から運用を開始することにしている。
カルチャー・センター
日本におけるオーストラリアのアートおよび日豪の文化芸術における交流を紹介し、アーティストの方やアート好きな方にイベント情報やEニュースレター、リンクによって、日本でのオーストラリアの芸術文化関連の様々な情報を提供しています。
http://culture.australia.or.jpOnline
- スクリーン・オーストラリア(英語)
- オーストラリア映画・テレビ・ラジオ学校(英語)
- オーストラリア・ビジネス・アート・ファンデーション(英語)
- オーストラリア・カウンシル(英語)
- オーストラリア政府文化・レクリエーション関係窓口(英語)
- オースフィルム(英語)
- アートバンク(英語)
- オーストラリア文化遺産蒐集施設への窓口 Collections Australia Network(英語)
- オーストラリア国立公文書館(英語)
- オーストラリア映画・録音アーカイブ(英語)
- オーストラリア国立美術館(英語)
- オーストラリア国立図書館(英語)
- オーストラリア国立博物館(英語)