オーストラリア大使館東京

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オーストラリアについて
Australia in Brief

技術革新の国オーストラリア

オーストラリア政府は、生産性や経済成長、あるいはオーストラリアが直面するチャレンジへの対応において、技術革新が果す極めて重要な役割を認識し、強力な国家の技術革新制度の構築を決意している。 オーストラリアには、科学、医学、工業、農業など多くの分野で、改革やその結果に優れた実績がある。

すなわち、先住民やヨーロッパからの移民が開発したころの道具から、現代の医療や科学での飛躍的な進歩に至るまで幅広い。

最近の成功例には次のようなものがある:

  • 大規模な沖合オイル/ガス・パイプラインの設計と保護方法の土工学の研究で、Mark Cassidy教授が2007年度物理学者に対するMalcolm McIntosh賞をオーストラリア政府から受賞。
  • 「究極の問題解決者」とも呼ばれる、オーストラリア生まれの新進数学者Trence Tao教授は、2006年度フィールズ賞を受賞。この賞は数学のノーベル賞とも言われる数学界最高の賞である。
  • 二人のオーストラリア人、Barry Marshall教授とRobin Warren博士が、胃炎と消化性潰瘍の原因究明で2005年度ノーベル生理学・医学賞を受賞。
  • 2005年オーストラリアの臨床免疫学者Ian Frazer教授による子宮頸癌予防ワクチンの開発。教授は2006年度Australian of the Yearに選ばれる。
  • 2005年オーストラリアの科学者John Mackenzie教授が、熱帯医学での業績で、第1回マレーシア科学アカデミー賞科学分野優秀賞を受賞。

ご存知ですか?

オーストラリア・カウンシルは、政府の芸術における資金とアドバイス提供の機関で、新設や既存の芸術組織と共に、若手、新進、あるいはすでに名をなした芸術家を直接支援している。カウンシルは、オーストラリア全土で、文化振興、舞踊、文学、音楽、ニューメディア芸術、演劇、視覚芸術/工芸および先住民の芸術様式に関わる、芸術家や芸術組織に対して、毎年1,700件以上の助成金を支給している。

オーストラリアの研究の実力は、特に臨床医学、生物学、免疫学、環境科学、宇宙科学などの分野で発揮されている。

こうした分野でのオーストラリアの刊行物は、世界やヨーロッパの平均を上回る影響を及ぼしている。例えば、オーストラリア海洋科学協会(AIMS)は、環境と生態系や動植物科学などの分野で研究を行っている世界の機関の中で、上位1パーセントの中にランクされている。サンゴ礁の生態学では、オーストラリアのジェームズ・クック大学と共に、世界で上位2つの優れた機関に位置付けられている。

オーストラリアに強力な技術基盤があることも、科学や教育に資金を投じてきた結果である。またオーストラリアは教育、技術、応用科学指標などで、OECD加盟国の平均値を上回る実績を上げている。2004年、25歳から34歳までのオーストラリア人の3分の1が高等教育を受けていて、これはOECDの平均を5パーセント以上超えていた。2004年には、労働者1,000人当り8人の研究者がおり、オーストラリアはOECD加盟諸国の中で8番目に多かった。

オーストラリアでは、広く公共と民間の部門で、また連邦、州、特別地域などの管轄全域にわたって、様々な施設が研究面で大きな役割を果している。その中には、39の高等教育機関(大学)や、農業、鉱業、製造業、サービス業など、あらゆる産業のいくつかの大企業から数千の小規模な民間企業までが含まれている。

最も重要な組織の一つは連邦科学産業機構(CSIRO)で、オーストラリアにおいて最も大規模で多様な研究・開発を行う政府の機関である。1926年に創設され、様々な研究の施設としては世界最大級である。オーストラリア各地や海外の56個所に、およそ6,500人のスタッフが配属されている。研究内容は農業関連産業、情報技術、製造、保健、持続可能エネルギー、気候変動、水資源、鉱業と鉱物、宇宙、環境、天然資源などを網羅している。

CSIROは、次の3つの国立研究施設を運営している:Australian Animal Health Laboratory、Australia Telescope National Facility、および海洋観測船 “RV Southern Surveyor”。連邦政府のその他の科学関連事業には次のものが含まれる:

Science Connections Program (SCOPE)

この計画は、科学と技術がオーストラリアの持続可能な経済成長と社会福祉に及ぼしている重要な貢献について、一般社会の認識を高めるのが目的である。学生たちに、高等学校やその上に進んでも科学の学習を継続するように推奨している。さらに科学に対する首相賞、全国科学週間、ABC Science on-line (オーストラリア放送協会のオンライン科学サイト)、オーストラリア科学・数学オリンピック、科学工学チャレンジ、EngQuest(数学、科学、技術などの情報を楽しみながら習得できるインターネットのサイト)なども援助している。

International Science Linkages

このプログラムは、公共と民間両部門でオーストラリアの科学者が、国の経済・社会・環境での満足度などに貢献するため、最先端の科学や技術で国際的なパートナーと協力することを支援している。

Cooperative Research Centres

この計画(CRC)は、研究者・産業・政府間の長期的な戦略的連携と協力を促進して、技術革新を育成するのが目的である。これによって、オーストラリアの地理や施設の事情で散在している科学や技術の資源を、技術革新や産業、国家経済の利益のために結束させることを目的としている。

オーストラリアの科学的遺産 - ロビン・ウイリアムズ

オーストラリアは科学的な国家にならなければならない。世界地図を見れば分かる。海、陸、空のすべてを知っておかねばならない。ヨーロッパ人で最初にオーストラリアと接触したのは、17世紀の始めのオランダ人航海士、植物に興味のあった海賊 (William Dampier、1688年と1699年)、その次が「金星の太陽面通過」(1770年)を追い、それ以上の発見をしたクック船長であった。

現在21世紀におけるオーストラリアの科学的力量は明白である。海洋調査は、クイーンズランドのグレート・バリア・リーフのサンゴから、西側ではロットネス島沖のシロナガス鯨やニンガルーの巨大なジンベイザメにいたるまで盛んに行われている。その規模は非常に大きい。現在気掛かりなのは漁場やサンゴの状態と維持である。地質学は、膨大な鉱業にとっても、次々と発掘される化石について知っておくためにも、極めて重要である。

天文学は昔、南半球の天空は大変異なっているという知識を持ってやって来た第一船団の到着直後から始まっている。現在、クーナバラブラン近くのアングロ・オーストラリアン望遠鏡とナラブライの電波望遠鏡群(オーストラリアン・テレスコープ)、この二つはニュー・サウス・ウェールズ州にあるが、そして2003年の壊滅的な山火事後再建されたキャンベラ近くのストロムロ山天文台が観測の中心になっている。

古いオーストラリアの地勢は農業にとっても、土壌保護にとっても、大きな課題である。土壌は異なり、含まれる成分は特殊(時には何も含まれていない)で、塩害化は無慈悲である。西オーストラリア州だけ でも面積はテキサスの5倍もあって、その広さは気が遠くなる。

こうしたすべての問題に取り組む研究は、3本の柱を基盤にして組織されている:大学(ほぼ40校)、創設80周年を迎えたCSIRO、共同研究センターという、学校、産業、その他の機関のユニークな取り合わせである。

またオーストラリアは、その地理とは明らかに無関係に見える科学的な実力も備えている。医学部門では、ノーベル賞を授賞したSirMacfarlane Burnetがいる有名なメルボルンのWalter and Eliza Hall Instituteが中心となった免疫学や、Fiona Stanley教授が世界的なリーダーになっている、パースでの小児科と伝染病の研究、クイーンズランド州政府が大規模な投資を促進させたブリスベンでの生命工学がある。

しかし、3人のノーベル賞受賞者を輩出したアデレードの中・高等学校、St Peter’s Collegeを人はどう思うだろうか?Nobel科学賞を最年少(25歳だった!現在もこの記録は破られていない)で授賞したSir Lawrence Braggは、現実に分子生物学での発見をしているし、Howard Floreyはペニシリン開発の影で貢献した真のヒーローであったし、同僚の受賞者Barry Marshallと現在もパースで研究しているRobin Warrenはこれまでの消化性胃潰瘍の治療を変貌させた。

この分野はオーストラリアでは驚きの連続である。ウォレミ松(Wollomi Pine)の巨木は恐竜時代以降絶滅したと思われていたが、1994年にシドニーから僅か200キロの渓谷で発見され、現在シドニー王立植物園(1816に開園されオーストラリアで最古)で育てられている。「ホビット」と呼ばれる新しい人類の祖先が、2003年にインドネシアのフロレス(Flores)島で、アーミデール(ニュー・サウス・ウェールズ州)のニューイングランド大学チームによって発掘された。火星や月の岩石の塊は定期的に南極やナラボー平原で発見されている。ナラボーはまた、僅か3年前に、有史前のフクロライオン(Thylacoleocarnifex)の完全な骨格が地下の洞窟から発見された場所でもある。

オーストラリアは、国際的な科学的協力がこれまで以上に不可欠な将来に立ち向かおうとする技術者、気象学者、生物学者、数学者の、世界的な努力にとって極めて重要な役割を担っている。

ロビン・ウイリアムズ (Robin Williams)

1972年以来の科学ジャーナリストで、1975年からはABC放送のサイエンス・ショーに出演している。

ご存知ですか?

オーストラリア・カウンシルは、政府の芸術における資金とアドバイス提供の機関で、新設や既存の芸術組織と共に、若手、新進、あるいはすでに名をなした芸術家を直接支援している。カウンシルは、オーストラリア全土で、文化振興、舞踊、文学、音楽、ニューメディア芸術、演劇、視覚芸術/工芸および先住民の芸術様式に関わる、芸術家や芸術組織に対して、毎年1,700件以上の助成金を支給している。

達成の記録

1901年の連邦結成の遥か以前から、オーストラリア人は自分たちが如何に革新的であるかを実証してきた。何千年も昔、先住オーストラリア人たちは、狩の助けになる魚捕りの罠やブーメラン、ウーメラなどの道具を作っていた。野生の植物や動物を食べ物や薬にして、自然と調和して暮らしていた。

この厳しく、孤立した土地にヨーロッパの入植者たちが到着した時、彼らもまた生き残り、成長するためには器用でなければならなかった。初期の発明には、風車、耕作用の犁(すき)、穀物収穫機、自動剪断機、製氷機などが含まれる。

1901年には、William Farrerが赤カビ病( fungal rust disease)や干ばつへの抵抗性を持たせた小麦の新種Federation wheat strainを開発した。アスピリンは最初ドイツのバイエル社が作ったが、1915年にメルボルンの薬剤師George Nicholasと実験者Henry Woolf Smithがアスピリンの高級品Asproを製造し、その後国際市場を席巻した。

John Flynn牧師が現在はロイヤル・フライング・ドクター・サービス(RFDS)として知られる世界最初の空飛ぶ医療サービスの創始者である。1928年5月St Vincent Welch医師が最初の正式なサービスを行った。1928年にはSir Charles Kingsford Smithと乗組員が世界初の太平洋横断飛行に成功した。

1941年Howard Floreyが率いるチームが抽出、精製したペニシリンが人体実験に成功し、第二次大戦の負傷者救援のため大量生産されて、医療の発展に貢献した。

そしてオーストラリアには、水不足に対処してきた長い歴史がある。1947年CSIROの科学者が、cloud seeding (雲の種まき)と呼ばれる方法の最初の実験に成功し、ニュー・サウス・ウェールズ州バサースト近郊で雨を降らせた。

1952年、CSIROのSir Alan Walshが、金属成分の高速化学分析に使用する装置を発明した。10年後の1961年には、George KossoffとDavid Robinsonが連邦政府保健省の超音波研究所で初の超音波スキャナーを製作した。

1970年には、シドニーのEarl Owen教授が、切断された人さし指の再縫合を初めて顕微鏡手術 (Microsurgery) で行い、この医療技術に先鞭をつけた。そしてほとんどその10年後、人工内耳が開発された。聴覚障害者を助けるために設計された蝸牛の移植は、1979年、メルボルン大学のGraeme Clark教授によって考案された。

遺伝子切断(gene shears) - 植物や動物の有害な、あるいは必要のない遺伝子を遮るために用いられる分子 - の発見は1986年にCSIROの科学者Wayne Gerlach博士とJim Haseloff博士によって行われた。

1991年、天然の海産物から抽出したマリンオイルで、世界初の海洋汚染の防止に役立つ生体分解可能な油性洗浄剤を、CSIROとBeku Environmental Products社が開発した。

1996年、世界初のインフルエンザ治療薬が、ビクトリア薬科大学、モナーシュ大学、Biota Holdingsによって開発された。2000年にはオーストラリア、ヨーロッパ、アメリカ、そして日本でもで販売が承認された。また1997年には、軽量で完全に密封され、水が不用で簡便な、無水トイレ( Hybrid Toilet)が発売された。2000年には、International Food Manufacture and Packaging Scienceの共同開発センターが、澱粉を使った生体分解可能な新しい包装材料を開発した。

多くの人命を救う可能性を持った子宮頸癌の予防ワクチンが、1990年代にクイーンズランド大学のIan Frazer教授などによって初めて開発され、その後2006年にはアメリカで使用が承認された。Gardasil およびCervarix として知られるこのワクチンは、2006年発売された。

2007年、超高速の空気吸い込み式ジェットエンジン、Hyshot Scramjet EngineがAllan Paull教授の下でクイーンズランド大学のチームによって開発された。そして、2007年6月アメリカとオーストラリアの合同テストで、実験機を超音速に加速するのに成功した。

オーストラリアのノーベル賞受賞者

  • 1915年
    Sir William Lawrence BraggとSir William Henry Bragg
    X線による結晶構造の解析で物理学賞を受賞
  • 1945年
    Lord Howard Walter Florey
    ペニシリンの開発により医学賞を受賞
  • 1960年
    Sir Frank Macfarlane Burnet
    臓器移植の基礎になった、免疫学で医学賞を受賞
  • 1963年
    Sir John Carew Eccles
    神経や脳の働きを解明して医学賞を受賞
  • 1975年
    Sir John Warcup Cornforth
    生命体の構造研究で化学賞を受賞
  • 1996年
    Professor Peter Doherty
    免疫の研究で医学賞を受賞
  • 2005年
    Professor Barry MarshallとDr Robin Warren
    ヘリコバクター・ピロリ菌の発見とその胃炎や胃・十二指腸かいようにおける役割の解明で医学賞を受賞

オーストラリア技術革新の未来

近代オーストラリアの物語は、科学的発見と技術的革新に密接に関係したものである。問題の解決、創造的なアイディア、そして新しい技術も、高齢化する人口から気候変動に至るまで、オーストラリアが直面する社会や環境での大きな課題を解決するのに極めて重要である。

オーストラリア政府の主要な計画の一つは、予算2億ドルのエンタープライズ・コネクト・ネットワークで、企業を新しいアイディアや新しい技術に結びつけることを目的にしている。この計画には、製造センター、クリーン・エネルギー技術革新センター、創造産業革新センター、遠隔地事業センターなどの、全国的なネットワークが含まれる。

そして、繁栄する経済は、高度に熟練し、教育された労働力を必要とする。オーストラリアでは、人文科学、創造芸術、社会科学などに対する研究への取り組みは、科学や技術に対する分野と共に、オーストラリアの公共研究部門の活性化に向けて多くの努力が払われている。

オーストラリアの大学院で博士課程の学生に対する奨学金受給者を倍増する新しい計画が実施され、Future Fellowships(海外にいる中堅オーストラリア人の本国での研究や外国人研究者の招聘に対する奨学金)への政府の投資は、高度の研究で技術の進歩をさらに躍進できるように保証している。

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