国際ストリートペーパーネットワーク年次会議 参加報告
ビッグイシュー日本版 編集者 八鍬加容子
2010年5月17―20日(メルボルン)
INSP総会、メルボルンで幕開け
サザンクロス駅前の販売者、ジェイソン
オーストラリア・ヴィクトリア州の州都メルボルンの玄関口、サザンクロス駅。駅前では、トラムの往来と人波が途切れることがない。
ジェイソンは、3年間にわたってこの風景を胸に焼き付けてきた。彼は、雑誌『ビッグイシュー』の販売者として、サザンクロス駅前を仕事場にしているのだ。
ビッグイシューとは、ホームレス状態にある人たちにチャリティではなく、仕事を提供し、自立を応援する事業のこと。街頭での雑誌販売が彼らの仕事となる。1991年の英国での創刊を皮切りに、オーストラリアで96年、日本で03年に立ち上げられ、今では世界8ヵ国のストリートで「ビッグイシュー♪ ビッグイシュー♪」の声が響く。
メルボルンでは毎日40人ほどの販売者が街角に立つ。冒頭のジェイソンは語る。「この仕事が気に入っているよ。雑誌を買いに来てくれた人と話すのも楽しいしね」。
「ボディショップ」での仕入れ風景
市内の化粧品店「ボディショップ」が雑誌の仕入れ場所を提供するなど、街も温かく販売者を受け入れている。ちょうど仕入れにきたハンスは、「明日には新しい号が出るというのに、今日はけっこう売れるね」とオバマ米大統領とケビン・ラッド豪首相のイラストが表紙の号を10冊仕入れていった。
「ビッグイシュー・オーストラリア」のCEOを務めるスティーブン・パーソンは、5年前にこの画期的な事業への参加を決めた。夢は、クリエイティブなビジネスの手法によって貧困をなくすことだという。
スティーブン・パーソン
ビッグイシュー・オーストラリアと同じように、ストリートペーパー(マガジン)の販売を通じて、ホームレス問題の解決に取り組む団体が世界に100を超えて存在する。
彼らが加盟するINSP(国際ストリートペーパーネットワーク)の年次会議が、5月17日から20日まで、ここメルボルンで開かれた。そろそろ、各国の代表が、サザンクロス駅に到着したようだ。
世界の若者ホームレスたち
各国のストリート・ペーパー
INSP会議の風景
オーストラリアはメルボルンで5月17日から20日まで開かれたINSP(国際ストリートペーパーネットワーク)の年次会議には、大陸を超えて27カ国から70人の参加者が集った。ブラジルから参加した『オカス』誌の編集者ロジは、「ここに来るのに30時間もかかったわ」と笑う。
今回特に各国代表に聞きたかったのは、世界の若者ホームレスの状況だった。「ビッグイシュー日本」では、リーマンショック後30~40代で「販売者になりたい」と事務所を訪れる人が急増している。
オランダの『ストラートニュース』紙のフランク
今年7月に創刊を予定している『ビッグイシュー・韓国』誌のナラは語る。「韓国でも、若者のホームレス化が問題になっています。彼らに『自分がホームレスだ』という自覚はないけれど、インターネットカフェに泊まり続けていたりする。その大半は競争社会の韓国に疲れきった若者たちです。最近では、韓国版ワーキングプアも増え、『88万ウォン世代(いくら働いても月収が約7万円に満たない世代)』という言葉もできました」
オランダの『ストラートニュース』紙のフランクも語る。「オランダでも若いホームレスはいるけれど、彼らは“透明人間”のようなものだよ。誰もその存在を把握していない。それで、彼らが人々の目に“見える”ようになるのは、犯罪を起こして“犯罪者”になった時なんだ」
そんな社会から疎外されたホームレス状態の若者たちのためのプロジェクトが、世界で始まっている。例えば、カナダはモントリオールの『L’ltineraire』誌のサージュは、6カ月に及ぶビデオプロジェクトを立ち上げた。「ネガティブな経験しかもちあわせていない彼らには、自尊心がありません。だから、6カ月のプロジェクトを通して、自信を取り戻してほしいんです」。今、プロジェクトには、12歳で学校をドロップアウトをした若者をはじめ、16人が映画の作り方を学んでいる。
ホームレス状態に落ちるしかない若者たちをいかに未然にくい止め、再び社会に包み込んでいくのか? ランチや休憩の時間にも、熱い議論は尽きなかった。
ボールと言葉の可能性
白熱フットサル!© INSP
INSP総会3日目。会議を午後には切り上げた各国のストリートペーパー(以下、SP)からの代表たちは、スーツをTシャツに着替え、メルボルン郊外のグラウンドに向かった。ピッチには、既にフットサル用のゴールが据え付けられている。
そう、今日は「ビッグイシュー・オーストラリア」販売者チームと各国SP代表のフットサル対決の日だ。
ホイッスルが鳴った。選手の顔から笑みが消え、1つのボールにみんなの意識が集中する。ピッチの上では国籍もホームレス状態かどうかも関係ない。そこにはただ、ボールを追う8人のフットサル・プレイヤーがいるのみだ。見ているほうも白熱のプレーに思わず歓声をあげる。
4チームの総当たり戦が終わった後はみんな汗だく。互いの立場を越えたフットサル交流は、日没とともに幕を閉じた。
この日の夕食は、30人近い販売者さんと70人ほどの各国のSPからの代表たちが、ともに食事を囲んだ。
たまたま同席したのが、昼間道に迷った時に出会い、道順を教えてくれた『ビッグイシュー・オーストラリア』販売者のクラリッサ。ともにグレービー・ソースのかかったマッシュド・ポテトに舌鼓をうつ。
販売中のクラリッサ
食後は、なんとクラリッサが、みんなの前で自作のエッセイを朗読するという。とても恥ずかしがり屋の彼女、「大丈夫だろうか?」と内心不安が募る。
壇上に上がるクラリッサ。うつむきながらも、声はしっかり堂々としている。「90年代の半ば、あるソーシャルワーカーが私に天使像をくれました」と話し始める。10代の後半からシェルター(簡易宿泊所)で暮らし始めた彼女。その陶器の天使像を大事にしてきたが、それでもこれまで何度も落して壊してしまったという。そのたびに、糊でくっつけて修正を試みてきた。
「私自身、人として何度も傷を受けました。うつ病を患い、何度も入退院を繰り返しました。何度もばらばらになりながら、この天使像のように自分を取り戻してきたのです。この傷だらけの天使像を見るたびに、私は自分が辿ってきた道とここまで導いてくれた人たちを思い出します」
販売者さんたちと食卓を囲む
会場は、しーんと静まりかえった。そして、拍手が、あちらからこちらから、会場いっぱいに満ち溢れた。みんなストリートペーパーの編集者だったり、記者だったりと、普段から「言葉」を生業としているわけだけれど、久しぶりに「言葉」のもつ力に気づかされた、という顔をしていた。みんな、とてもいい顔をしていた。
ボール、そして言葉が、人を自由にする!
フェデレーション・センターに合唱隊を訪ねて
練習風景
常にライブやパフォーマンスが開催され、メルボルン市民の文化の中心ともいえる「フェデレーション・センター」。水曜日の午後、ここを訪れると、建物の一つからかすかに歌声が聞こえてきた。
彼らの名は、「Choir of Hope and Inspiration」。メルボルンはおろか、オーストラリア中でその存在が知られている合唱隊だ。世界的に名高いシドニー・オペラハウスをはじめ、ラッド豪首相のハイティーの集いでもその歌声を披露した。
その合唱隊のメンバーが、ホームレス状態の人々、また心身に障害をもった人々で構成されていると聞くと、あなたは驚くだろうか?
ジョナサン・ウェルチ氏
代表のジョナサン・ウェルチ氏がこのクワイアを立ち上げたのは、4年前のこと。30年以上もプロの歌手として、おもにオペラの世界で経験を積んできたが、自身の才能を伸ばすだけの毎日に限界を感じていた。そんな時に転がり込んできた合唱隊結成の話に飛びついたという。
「私自身、家族に精神疾患を抱えた者がいましたし、妹は一時路上生活も体験しました。ですから、こういう問題は他人事ではなかったのです」とウェルチ氏は語る。
練習後のキム
ウォーミングアップから始まった練習は、発声練習に移る。隣の人、周りの人、そしてほかの人全員の声に耳を澄ます参加者たち。それと同時に自らも声を発する。
「合唱は、人の声を聞きながら自分も声を発し、そして究極の目標は1つの声になることです。そうやって、これまで社会から疎外されてきた彼らが、もう一度仲間というものを得るんです」とウェルチ氏。
3年前からこの合唱隊に参加しているキムは、約30年前、事故で本棚の下敷きになり、6ヵ月間意識を失っていた。後遺症に悩み、社会との断絶を感じて生きてきたが、この合唱隊によって「自分の足で1歩を踏み出す自信を得たわ」と語る。
うつ病に苦しんでいたクリスは「自分を信じて/Believe in me)」という曲をつくった。今ではこの曲は、合唱隊の大事なレパートリーの1つだ。
練習の後は、みんなで食卓を囲んだメンバー。本当の家族との食事のようにくつろいだ彼らの姿は、もはや「ホーム」レスではなかった。
「少し幅広くなった入り口」めざして
政府の報告書
「ソーシャル・インクルージョン」は、メルボルン滞在中何度も聞いた言葉だ。ホームレス状態であったり、心身の障害であったり、失業者であったりといったことで、社会との接点を奪われている人々に、どのようにして社会に戻ってきてもらうのか?
リーマンショック後、職や家を失い、同時に社会で生きていく希望を失った人は多い。
09年4月、オーストラリア政府は、15歳から24歳までの若年者へのサポートを表明した。
家庭の経済状況により進学できなかったり、障害などで就職できなかった若者を支援する「コンパクト」計画に、4年間で約4億6900万豪ドル(約360億円)を計上した。「早い段階で学校からドロップアウトしてしまうと、将来的に労働市場から見放され、結果キャリアを積めないことが多い。そのようなことのないように、次代を担う若者たちを育てていこう、ということです」と教育・雇用省のマイケル・リードン氏は語る。具体的には、職業訓練や進学への資金援助を国が行ったり、地域のビジネス界、NGO、NPOなどと協力し、職の紹介なども行う。
「若年層へのプログラムは充実してきたと思いますが、一番難しいのは、一般の人々の意識を変えることですね」とリードン氏。
「VCOSS」CEO キャス・スミス氏
社会から疎外されている人を「他人事」と考えるのか、自分の問題と考えるのか? 人々の意識を変えるために日々奮闘しているのが、地元のNGOだ。そのうちの一つが「VCOSS(ビクトリア州社会サービス協議会)」。CEOのキャス・スミス氏は、ビクトリア州で貧困や障害などの理由で機会を奪われている人々のために政策提言などを行ってきた。
「一番嬉しかった瞬間は、昨年ビクトリア州で、これから建設される建物はすべて、車椅子でも入れる幅の広い入り口を設置することになったことです。この法律施行のために、私たちは10年以上も活動をしてきました」とキャス。すべての人が外出したくなる、社会に参加したくなるきっかけは、この「少し幅広くなった入り口」のようにささやかで、でも確かな変化なのだろう。
「ワールド・ビジョン」CEO ティム・コステロ氏
メルボルンで長く国際NGO「ワールド・ビジョン」のCEOとして活動を続けるティム・コステロ氏は語る。「私たちは、ウォーターベッドの上に生きているようなものです。こちらが引っ込めば、あちらが出っ張る。こちらが出っ張れば、あちらが引っ込む。地球の裏側で起きていることさえ、私たちの生活に無関係ではいられないのです」
NGO、政府関係者、世界のストリートペーパーに携わる人々、ホームレス状態の人と、立場をこえて多くの人と語り合った今回のメルボルン滞在。一人ひとりの志や情熱や思いやりが、社会を動かしていくことを目の当たりにした1週間だった。