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スピーチ・ステートメント・メディアインタビュー

ケビン・ラッド外務大臣 アジア・ソサエティーにおけるスピーチ「太平洋地域の平和に向けた展望:拡大東アジアサミットの未来について」

ニューヨーク

2012年01月13日

スピーチ DFAT_20120113

今日の世界は、まさに歴史的な岐路にさしかかりつつあります。

歴史的動向とは、必然的にその姿が現れるまでに時間がかかるものです。

しかし、ひとたび出現すれば、しばしば突然の勢いを伴って、その速度を増します。

そして、自らの力学によって、多くの場合、政界やより幅広い世論が気付くよりずっと以前に、転換点を迎えます。

そして、米国のグローバルな経済力についても同じことが言えます。

過去130年の間、米国は世界最大の経済大国でした。

しかし、今後10年間に、米国は中国にその座を奪われ、もはやそうではなくなってしまうでしょう。

経済誌『エコノミスト』は2週間前の紙面で、ほぼ当然とでも言うように、中国が今後5年以内に購買力平価で米国を越える経済大国となると報じました。

また、相対的な実質成長率の適正な予測と、米ドルと人民元の相対的通貨価値を基準に、市場為替レートで見た場合、中国の国内総生産(GDP)は今後7年以内に米国を凌ぐとされています。

2016年および2018年には世界的そして歴史的にかくして重要となる事項の予定日が数々織り込まれています。

米国は、近代産業時代の大半にわたり、世界的な経済優位性を保ち、またその優位性ゆえに、政治的、経済的な価値を伝播させてきました。

中国の清王朝が崩壊するはるか以前から存在した米国の優位性は、第一次世界大戦を経て、第二次世界大戦で決定的なものとなり、最終的に東西冷戦で勝利を得るに至りました。

米国は、当初、欧州帝国主義列強の争いに巻き込まれるのを避け、孤立主義の立場を採りました。後には、国際主義に変更し、国連憲章やブレトンウッズ機関に見られるような、1945年以降の国際秩序の立役者となりましたが、米国の優位性は、常にアメリカン・パワーの戦略的ファンダメンタルズに根差していました。

我々が意識するか否かに関わらず、これが政治的、経済的、戦略的秩序を数世代にわたり支えてきた深い現実なのです。

歴史を省みれば、最終的には、すべての権力は経済を前進させている経済力と経済原則を根拠にしていることが分かります。

だからこそ、これまでの長い歴史に照らしても、我々は現在、重大な変化の境界線上に立っているといえます。

このことは、GDPの概算予測だけでなく、様々な経済予測が示している通りです。

再び、『エコノミスト』誌の入念な記録を紹介しますが、次に挙げる、過去および将来予測の数値について考えてみてください。

中国の対外純資産は2003年に米国の対外純資産を超えました(現在、中国が2兆ドルの対外純資産を保有する一方で、米国は2.5兆ドルの対外純負債を抱えています)。

また2007年には中国の輸出が米国の輸出を超えました。

そして2009年、中国の固定資本投資が、また2010年には製造業生産高およびエネルギー消費量が米国を越えました。

2010年にはまた、特許許可件数で中国が初めて米国を上回りました。

今後の予測を見てみますと、2014年までに、中国の輸入総額および小売高はアメリカを凌ぐとされています。

加えて、雑誌『フォーチュン』のグローバル企業500社ランキングにおいても、現在はその半数を占めている米国企業が、2016年には中国に追い越されるとしています。

そして、株式市場時価総額の面でも中国は2020年までにウォール街を引き離し、米国を越えるとの予測が出ています。

『エコノミスト』誌はまた、最近の動向を受けて、現在米国の5分の1である中国の国防支出が2025年までには定数項において米国を凌ぐという物議を醸すような予測を提示しています。

これらは偶然の産物ではありません。

これは過去3~40年間にわたり熟考が重ねられてきた中国の治国の賜物です。

中国の指導部は、大国として尊重されたかつての地位を再び取り戻すべく、アヘン戦争から中華人民共和国の勃興に至るまでの100年間に数々の外国の占領から受けた恥辱や屈辱を、自らによる富と権力の探求を通して克服しようとしてきました。

経済的指標を見ただけでも明らかなように、中国の台頭が並外れているのは、鄧小平氏が1978年後半から推し進めていった抜本的な国内外の経済改革が一世代で達成されたということです。

加えて、経済改革の勢いが自ら加速した点であり、これは特に1990年代後半のアジア金融危機後の10年間において顕著でした。

中国は、韓国や東南アジア諸国に深刻な影響を及ぼした金融危機を無傷でくぐり抜けました。そればかりか、アジアの経済成長の牽引役となり、ワシントン・コンセンサスおよびその体現である国際通貨基金(IMF)の政策とは異なる開発モデルを初めて提示したのです。

そして、それから10年後、世界金融危機の最中にも、相当の規模で同様のことが行なわれ、自ら講じた拡張的な財政・金融政策に裏打ちされた中国の需要が世界経済の回復に必要不可欠な役割を果たしました。

また、依然として欧州で続く不安を材料に、第2次世界金融危機の可能性が取り沙汰される中、ヨーロッパ各国がユーロ債市場における中国の介入を公然と求めたことは注目に値します。

そして、これらすべてのことが過去わずか10年の間に起きたのです。

繰り返しになりますが、これらの出来事は偶然の産物ではないのです。

これは、10年間に及んだ全消費的ともいえる米国の徹底的なイラク、アフガニスタン、そしてより広域の中東における軍事・外交政策的な関与もさることながら、グローバル経済において自国以外で発生している脆弱性にも全面的な注意を払いながら、熟考を重ねてきた中国の政策の結果だといえます。

胡錦濤、温家宝両氏は、21世紀初頭の20年間に、中国がこれらの戦略的機会をものにする必要がある点について、公に発言しています。

胡錦濤氏は早くも2003年に、国内と国際社会の動向のユニークな合致は、中国をその発展が「飛躍的に」進むような場所に位置付け、それ以前に台頭した国と同様、仮に「与えられた機会を失すれば、中国は取り残される」と語りました。

そして2007年に再び、温家宝氏がこのような機会について「稀有ではかない」ものだと指摘しましたが、同時に新世紀初頭の20年間を「しっかりとものにすべきであり、この期間に多くを成し遂げることができる」と述べています。

中国はそのために、国民を貧困から救い出し、国家の富と権力を養い、国際社会における正当な地位を再び取り戻すという国家的目標の達成に向け、並外れた努力を重ねてきたのです。

当然ながら、我々は中国の強力な台頭を直線的に予測することの危険性については熟知しています。

そして中国の指導部もまた自ら、いずれをとっても国家プロジェクトを転覆させかねないような課題といえる国内の難問について、絶えず我々に思い起こさせてくれます。

世界銀行によると、中国では1億5000万人以上の国民が極めて貧しい生活を送っています。

都市部と農村部の間には著しい所得格差があります(とは言え、昨年初めて都市部住民の数が農村部住民の数を超えたことについては述べておく必要があるでしょう)。

また、沿岸地方と内陸地方、中央部と西部の間には深刻な開発格差が存在し、西部に行けば行くほど貧困の度合いが増していきます。

汚職の問題、

都市部における重度の公害、

エネルギーや原材料に関する、外国への過度の依存。

チベットや新疆自治区の分離独立運動や台湾問題もあります。

また、人口増加のピークとそれに続く急速な高齢人口の増加を伴う中国の人口統計学的な運命についての問題があり、生産年齢人口と退職者人口の将来的な割合に関して気掛かりな新たな数値が出ていますが、これらはすべて一人っ子政策および生活水準の向上に由来するものです。

そして、地方における土地利用についての物議を醸す決定への抗議運動や、天安門発の危機や懸念、方励之氏やノーベル賞受賞者の劉暁波氏、芸術家の艾未未氏等のおかれた個別の状況等、多様性や反対意見を簡単に容認しない政治システムの硬直性の問題もあります。

そして、測定が常に困難であり、往々にして、ウィリアム・ヒントンが半世紀前にその歴史的な著作『翻身(Fanshen)』に記したような農村や地域社会的立場からの主観的な記述に頼ることが多い、中国社会そのものの大きな変革についてモニタリングすることが重要です。

しかし、ここでいうのは、中国における民主主義や人権の将来に関する狭い議論のことではなく、中国の国民が今日、自国の政府に実際に何を求めているのかを把握するための、より幅広い社会学的な課題です。

とは言え、中国はこれらの大きな課題を抱えながらも、1978年からの三度におよぶ指導者の交代-そして今年末には四度目の交代があります-を経て、自国の国家目標の徹底的な追求に向け前進を続けています。

それゆえ、私は、中国の分裂や、中産階級の台頭が引き起こすとされる中国版「アラブの春」、またそれに伴う共産党支配体制の崩壊を指摘する、過去数十年におよぶ複合分析を支えるに足る論拠をいまだに得ておりません。

これは、おそらく、中国政治の実質的な分析と経済実績の双方を照らし合わせてというより、一部の人々による希望的観測の現れといったようなものかも知れません。

鄧小平氏はかつて国民に「事実から真実を追究せよ」と迫りました。

我々もまた、彼の忠告に耳を傾け、そうすべきなのです。

しかしながら、中国と米国の経済の相対性に関して気を付ければならないのは、中国の台頭について分析を行なう際、我々は米国の絶対的な衰退を結論付けることに対して特に慎重になる必要があるということです。

基礎資料は米国が引き続き成長することを示しており、その大規模な移民プログラムにより、人口統計学的な運命の日は差し迫っていないとしています。

加えて、米国および米国の経済が幾度にもわたって示してきたように、米国には自らを再創造し、新たな革新や技術、企業を大量に生み出す恐るべき能力が備わっているのです。

米国はそれゆえ、圧倒的な経済的・戦略的勢力として、今世紀半ば、そしてそれ以降も引き続き存在していくことでしょう。

今日における本当の問題は、上昇一方の中国の台頭が、今後10年間の平和や繁栄、安定に関して、地域・国際秩序にとって何を意味するのかということです。

なぜならば、先ほど触れた歴史的な変化は既に到来しているからです。

そして、世界中の政策立案者の前に立ちはだかる課題は、今日の国際システムで起きている変化に対し、ただ単に興味を示したり、机上の空論的な分析や批判を行なったり、静観あるいは傍観したりするのではなく、それらの変化にどのような方向付けを行なっていくべきかということです。

なぜなら、中国と米国の国力を相対的な測定基準ではなく、より幅広い歴史的な文脈の中に置いてみた場合、我々は、中国が世界経済の頂点に登り詰めることの意味合いについて認識すべきだからです。

これにより、500年前に台頭したスペイン帝国以来初めて、非西欧国家が世界で支配的な経済大国となります。

そして、ウィリアム・ピット・ザ・ヤンガー以来初の、非民主国家が世界最大の経済国となります。

だからこそ、このことは北京やワシントンでのみならず、アジアやヨーロッパ全域、ひいては全世界で真剣に考慮され、分析されるべきことなのです。

中国の台頭をアジアがいかに受け入れるかという問題は、アジアの平和と繁栄だけに重要な意味を持つものではありません。

アジア地域にいる我々がいかにこの変化を取り込むかという問題は、世界全体にも多大な影響を持つことになるでしょう。

我が国は、国民の多くがユダヤ・キリスト教的背景を持つ西欧の民主主義国家であり、かつ、実質的にアジアにおけるほぼすべての機関に全面的に関与しているため、この変化の兆しを他の大半の国々に比べより早く経験できるという独特の立場を有しています。

次に挙げる問いが鍵として存在しています。

まず第一に、中国は将来的にどのような地域的・世界的秩序を望んでいるのか?

第二に、米国は何を望んでいるのか?

第三に、アジアに存在する我々、米中以外の国や地域は何を望むのか?

第四に、このように多様な国家価値や国益は受け入れられるのか?

そして、第五に、もし受け入れられるというのであれば、いかにして制度的効果を得ることができるのか?

自国が国際秩序において果たす役割に関して、中国の姿勢は多くの側面を持つものです。

まず第一に、近代中国は文化大革命の頃のように国際システムの外側においてではなく、内側で機能すべきだという点について、中国は長らく論じてきました。同国にとってこれは世界貿易機関(WTO)への加盟など自らの国益のために、また国際社会で一目置かれる国となるために重要なことでした。

しかしながら第二に、同国はこの点に関しては、常に国際システムの改革についても同時に求めてきました。

中国は、一極支配による世界のあり方について長い間、異議を唱えてきており、真の多極構造における「国際関係の民主化」を求めてきました。

ここで言う多極化には、米国、中国、ヨーロッパの三極による新体制や、より最近ではBRICs諸国(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)などの新興経済国圏を含める新たな秩序など様々な形態があります。

また重要なことに、中国は、日本やインド、ドイツのような国々に対する自国の力を弱めかねないとして、国連安全保障理事会の改革に伴うプログラムを何一つ公式に受け入れていません。

しかし、中国は、より「民主的」で「多極的」な国際秩序を通じた米国の力の分散を、引き続きその目的として掲げているのです。

そして第三に、決定的なこととして、中国は1970年代後半、自国の国際関係政策の一部として、自らのイデオロギーの輸出を控えてきたことが挙げられます。

仮に中国が、中華人民共和国の歴史の前半部分で行なっていたように、未だに革命の輸出を行なっていたらと、しばしの間想像してみてください。今日、同国のいわゆる「共同戦線」は活発に機能し続けていますが、それは「母国の国造りを支援する」ために、世界中に増加し続けている在外同胞と全面的に協働するものとなっています。

第四に、中国は、国際システムを通じた人権や宗教的な信仰のシステム、民主主義などの西欧のイデオロギーの輸出、あるいはこれらの基準を満たすことのない同国の責任を問う様ないかなる試みに対しても不快感を抱いています。

第五に、中国はそれどころか胡錦濤氏を通じて、いわゆる国内の「調和の取れた社会」は、国外の「調和の取れた世界」によって権限を与えられると強く主張しています。

このような主張は、 西洋諸国の多くの人々には、ありふれた決まり文句として受け止められるかも知れませんが(事実、中国では、多くの政治理念は翻訳によって文字通り意味を失ってしまいます)、中国が相違に対処する手段として、多様な価値観や国際秩序における様々な利害を受け入れ、軍事力ではなく平和的な対話に取り組もうとしているという事実に変わりはありません。古典的な中国哲学に深く共鳴するこような調和の取れた世界(和諧世界)の概念は、西洋諸国も共に協働しうる概念であると、私は長年にわたって主張してきました。

そして最後に、何にもまして、中国政府は他の大半の国々と同様、国際システムの活用による自国利益の増進を追求している点が挙げられます。中国は、自国経済の成長のために平和な地域的、国際的環境を求めており、そうすることで、貧困の解消や若年者雇用の確保、またかつてのように全国民が貧困に苦しむよりは良いといえる、生活の向上を目指した勤労世帯の生活水準の引き上げなど、社会的最重要課題の実現を求めています。と同時に、中国の指導部は、おそらく世界で最も古くから続く文明を有する誇り高き国民の国際的名声の向上を目指しています。

そして、これら二つの要素は、中国共産党の継続的な正当性の核心をなすものです。

ただ、西洋諸国の多くの人々にとって不確実な問題は、このような中国の国家目標や、その目標に効果をもたらしている国家および国際政策が果たして戦術的あるいは戦略的なものなのか否かということです。

これは、鄧小平氏の行動原理の中核であった「才能を隠し、時を待つ(韬光养晦)」という長年におよぶ論争に非常に深く関わる問題であり、この格言については、同国の著名な国務委員(外交・国家安全保障担当)戴秉国氏が最近、再度取り上げ、明確かつ詳細に説明しています。

一部の人々は、この「才能を隠し、時を待つ」の概念は、「調和の取れた世界」の概念に一致する国際的規範に従う現在の中国の姿が、まったく戦術的なものであることを示すもので、一旦、富と権力を手中に収めたなら、中国はその一方的な行動を増すことだろうと主張しています。

しかし、中国による多国間の規則に基づく国際秩序の受け入れは、現在、揺るぎないものであり、同国にとって永続的なものとなる可能性があると主張する人もいます。

中国ではこの点に関して、増加の一途をたどる官製および半官のシンクタンクが激しい論争を重ねていますが、私自身の考えは、軸足を大幅に後者においたままであります。というのは、過去において大変効果を発揮してきた、多国間の規則に基づく秩序を継続的に支持する方が、圧倒的に中国の国益に叶うものであり、同国は、今後そのような秩序に抗うのではなく、それらに影響力を発揮し、形作ることを求めていくと考えられるからです。

とは言え、域内の多くの国々は、この選択肢、すなわち中国が将来より一方的な行動に出ることの可能性に対し、不意を突かれることがないようにと、積極的な手段を講じるだろうということもまた確かです。

ヘンリー・キッシンジャー博士はその歴史的著作『中国論』において、米国と中国の世界観における核心的な違いは「アメリカ例外主義」にあると明言しています。これは、米国の伝統の真髄とも言うべき政治的・経済的自由は、全米国市民の生得の権利というのみならず、全世界の人々にとっての「丘の上の町」であるというものです。

この伝統には言うまでもなく、手段と目的に関する議論が伴います。体制の変革を見解の一方におき、またその対極に位置するものとして、世界人権宣言などの国際的な規範を根拠とする道義的説得があり、そしてこの中間に積極的な人権外交があります。

しかしながら、中国政府は西洋諸国が持つ人権という概念の普遍性について根本的な意義を唱えており、この点で決定的に異なっています。

中国の主張は、いかなる国家も自らの政治制度を構築する権利を有しており、他国への干渉は、国際システムの礎石をなす主権の侵害に相当することから行われるべきでないとするもので、中国のケースに当てはめた場合、多くの「西洋的政治価値」は1949年以降の中華人民共和国の価値のみならず、中国二千年間の儒教の伝統と非常に相容れないものであるというものです。

第二に、人権問題を超え、米国はいまなお、その多くの友好国や同盟国と同様、その熱意の度合いに差こそあれ、自らを現行の国際的な政治規則に基づく秩序における、究極の戦略的防波堤であると考えています。このことは世界第二次世界大戦以降、朝鮮からコソボ、カブールにいたるまで一貫したものでした。

しかし、このような伝統的な考え方は明らかに緊張をはらむものです。いつ介入すべきであり、いつそうすべきでないのか。また、イラクに関してはまったくこの限りではありませんでしたが、あのようなすべての介入に対して国連安全保障理事会の承認がなされる必要があるのかどうか。そして、決定的なこととして、米国は直接的な国益を超え、今後も国際社会に介入するための世界的な軍事力と国家としての政治意志を持ち続けるのか否か。

言うまでもなく、最後の議論については、在外米軍の再編に関する近年の議論の中でも非常に活発に論じられている点です。

とは言え、米国は、アジア太平洋地域内について、ホノルル、キャンベラ、マニラで最近発表した政策声明において、今後数十年の間、アジア全域からいかなる軍事的資産も撤退させることはないと明言しました。

これは、米国が今後100年にわたり、アジア太平洋地域に極めて高い関心を有しているのみならず、当地域が、今後徐々に世界の経済および戦略的勢力の中心となると結論付けたからに他なりません。米国は、数多くの地域同盟に対し、再び敬意を払うことを決意したのです。

米国は、その大半の同盟国と同様、自らを、一世代以上にわたり地域の平和を保ってきた戦略的安定化要因の大部分をなす要素であり、それゆえ、開放的な経済の発展や貿易・商業の繁栄、民主主義の出現を可能たらしめてきた存在であると考えています。

そして、繰り返しになりますが、この点こそが、米国と中国の核心的な戦略構想が互いに相容れない部分なのです。中国は、アジア地域における米国の同盟体制は冷戦時代の遺物であり、解消されるべきものだと認識しており、これら同盟体制の保持には中国を抑制する意図があるとし、また、そうすることで中国本土と台湾の再統一を引き続き困難にするとしています。

一方で、米国は、自らを、長きにわたりアジア地域に国際的な利害を有してきたアジア太平洋地域の国であるとし、1979年に中国と国交を正常化して以来、台湾への強い関与についても明白に主張してきました。

このような文脈の中で、中国および台湾における主権問題に関する感情的な側面や、『上海コミュニケ』および『台湾関係法』との間で相反する要求を考慮すると、将来、台湾が武力紛争の火種になりうる可能性がある点を決して過小評価すべきではありません。

とはいえ、我々のようなアジア圏内に住み、働き、存在する他の人々はどうなるのでしょうか。

アジアの将来は、引き続き中国と米国の関係がその根幹をなすとは言え、この二国のみによって独占されている訳ではありません。

国際的でもなく、地域的でもない「G2」といった概念は、アジアでは決して受け入れられることはないでしょう。

例えば、他のアジア諸国の合計GDPは中国のGDPを優に超えるものであり、米国のGDPにほぼ匹敵する規模です。

さらに、日本は引き続き世界第3位の経済大国としてとどまり、G20参加国であるインドや韓国、インドネシア、オーストラリアのような経済国は急成長を遂げています。

インドネシアのみを例としてあげてみても、この国の経済は一兆米ドル規模に達する勢いであり、現在、一貫して年率6パーセント以上で成長を続けています。また、その人口は2億5千万人に達する見込みです。

インドネシアはユドヨノ大統領と彼の経済チームが打ち出す新政策方針の下、2030年までに世界6大経済大国のひとつとなることでしょう。

加えて、これらの活力に満ちた新興経済諸国の大半は、健全な民主国家であり、開かれた経済政策を堅持するとしています。

自由貿易協定(FTA)は拡大しています。

我が国とニュージーランドが東南アジア諸国との間で締結したFTAは、現在、これに加盟する全12カ国に対し効力を有するもので、3兆ドル強の地域経済活動および成長を内包する自由貿易圏を形成しています。

我が国はまた、韓国とのFTA締結の実現に向け、詰めの段階まできており、中国やインド、日本などの国々とも同様の交渉を進めています。

そして、昨年開催されたAPEC首脳会議において環太平洋経済連携協定(TPP)の将来に向け重要な前進が見られ、また、より広域におよぶ地域経済統合に向けた他の枠組みに関する作業が行われているなど、他も同様の動きを見せています。

中国を含めたアジア経済の活力を、世界的な視点で捉えると、30年前アジアが世界のGDPに占める割合は20パーセントにも満たないものであり、米国は30パーセントを占めていました。

しかし、アジアは今後5年の間に、世界のGDPの3分の1近くを占めるようになる一方、米国は5分の1にも満たなくなるとされます。

かつては大西洋地域が世界経済の中心であり、アジア地域と太平洋地域はその周辺に位置していました。しかし、それが現在では、逆になりつつあります。

基礎資料は、今後数十年におよぶアジア地域の平和と繁栄は、同地域にとってのみならず、世界経済にとっても現在では同様の重要性を持つものであることを示しています。

我々、アジア太平洋の国々はまた、大陸アジアにも島嶼アジアにも未だに解決を見ない領有権問題が存在しており、それぞれの問題が、これまでの繁栄に影響を及ぼし、さらにはそれを蝕む可能性すらありうるということを強く認識しています。

未解決の領有権問題は次のような地域に及んでいます。

朝鮮半島

東シナ海

台湾海峡

南シナ海

タイ‐カンボジアの国境

ミャンマー国境地域における内戦

そして、カシミールをめぐるインドとパキスタンの未解決紛争や、中国とインドの国境問題もあります。

そのため、我々の地域における安全保障政策の実情は、過去数十年におよび深まりを増してきた経済的かかわり合いや相互作用に逆行しかねない脆弱性をはらんでいると言えます。

以前、私が別の場所で申し上げたように、アジアは21世紀のグローバル経済に対する世界中の希望が集まる地域ですが、一方で、19世紀さながらの領有権や安全保障政策をめぐる意見の対立による硬直化という悪条件にもさらされています。

これら対立の多くは本質的には一国内の問題ですが、いかに、地域一体となって共通の行く末を描き出し、さらに、一見非常に難解で制御不可能になりうる一部の問題についての対話のために、共通の場を産出しうる能力を構築するかについて、アジア全体が関心を寄せています。

また、一部の明らかにそうである場合を除き、これらの意見対立の多くは米中関係の現状とはまったく無関係であるということは述べておく必要があるでしょう。

かいつまんで申せば、アジアには民主主義を支持する力強い流れや、外交、内政両面の政治的自治権に対する干渉に何ら懸念を抱くことのない国家主権に対する高い関心に伴い、国内外双方へ向けた経済開放を拡大することに強い関心が寄せられ、また、域内諸国が米中両陣営へ二極化することを極力避けたいという共通の願望が存在します。

そのかわり、個別の安全保障問題が生じた際には、皆で共に対処できるように協調のための組織と習慣を確立し、ゆくゆくは未来への多くの希望に満ちた地域全体に共通の安全保障文化を根付かせようとする強い想いが見て取れます。

それでは、どうすれば良いのでしょうか?

米国と中国、そしてその他のアジア諸国が奏でる価値観や、野心、国益の不協和音は、今後10年の間に制御され、受容され、さらに調和されうるものなのでしょうか?

もしそうであるならば、いかにして、共通の未来形成を妨げるのではなく、むしろ助長するような形で、これを制度的なものにしていくことが出来るのでしょうか。

あるいは、残念ながらお決まりの哀れな結果が待っている戦略的漂流やイデオロギーの衝突、相対する利害に基づく異なる未来に、我々は向かっているのでしょうか?

わが国は、自らが唱えてきた創造的なミドルパワー外交の力を通じて、我々が歴史から学び、この地域に共通の未来を作り出すことができると楽観視しています。

結局のところ、歴史に決定的なことは何一つありません。

歴史は、健全な知識や、あるいは粗末な情報から来る偏見に基づいて、善意や悪意を持つに至った人間が形成するものです。

将来、米中間で生じうるある種の摩擦は、決して不可避のものではありません。

そして、そのような摩擦は、我々のすべての利害をないがしろにし、最も根本的な価値をほぼ確実に裏切ることでしょう。

世界レベルでは、G20の発足により完全とは言えないまでも、幸先の良いスタートが切られました。

2008年に起きた世界金融危機により、新たな経済的現実を象徴するのはG7諸国ではないということが、明らかになりました。

中国やインド、ブラジル、オーストラリアは、新たな経済力の中心となりつつある地域、すなわち主としてアジアが、世界の経済ガバナンスの主要組織を代表すべきだと主張しています。

その結果、中国やインド、韓国、インドネシア、オーストラリア、そして日本は、金融規制や世界の金融不均衡に対する世界的な政策対応、世界同時不況に対する適切な対処、また新興経済諸国にさらに発言権を与える国際金融機関改革について討議するため、現在、一堂に会しています。

中国はこれまで、G20で非常に建設的な役割を果たしてきました。

ロバート・ゼーリック氏が5年前に提唱した枠組みに当てはめると、中国は世界金融危機の際、責任あるグローバル・ステークホルダーとして進んで行動することができることを、実際に自ら証明してみせました。事実、中国の存在が無ければ、世界経済はこれほど急速に回復することはなかったでしょう。

G20はまた、人民元の将来的価値や世界の準備通貨について、また将来的に採用しうる複数の通貨バスケット制に関する様々な提案などセンシティブな世界の金融問題を討議する枠組みも提供しています。

中国は、世界の秩序においてしかるべき地位を追求していく中で、自らの属するBRICsグループ諸国に関わる度合いを次第に増しつつあります。

同国は、インドやブラジル、ロシア、南アフリカと共に、G20での貿易や気候変動、さらに幅広い課題に関する主要な国際交渉における、他の新興諸国に対する国際的影響力の拡大を追求しています。

BRICs諸国は定期的に、複数レベルでの会合を開催しており、これは国際システムにおいて引き続き実施されていくことでしょう。しかしここには米国、そしてその他のアジア諸国、あるいは世界の国々が含まれていないため、共通の政策的課題に対処する共通の基盤を欠いています。

アジアにおいては、過去数年の間に様々な機関が発足しました。

中でも、ASEANは最も成功を収め、永続的に機能してきた機関であり、かつて戦略的に敵対していた国々を連携させ、2015年までに東南アジアをひとつの経済共同体にしようとするものです。

APECは、近年、設立から20周年を迎え、国内外の障壁を削減し貿易自由化の促進に多大なる成果を収めてきました。同機関は市場開放の理想を掲げ、経済成長の主要な推進役を担ってきました。

しかしながら、域内の機関には隔たりも存在しています。域内には中国および米国を含むアジアの主要な国々をすべて受け入れられるほどの大きい加盟国枠を持ち、また安全保障や経済など我々が直面する域内のすべての問題に対処する、そしてそれを首脳レベルで行うための共通の基盤を提供することができるほどの十分な権限を有する機関がひとつも存在していません。

キッシンジャー博士は、近著『中国論』で、太平洋共同体の発展について次のように論じています。

中国と米国との間の衝突が避けられないという議論は、両国が太平洋に存在する対立陣営として振舞うことを前提にしているが、これは両者にとって災いのもとである…米国や中国、その他の各国がすべて属する地域における太平洋共同体の概念は、参加国すべてによる平和的な発展により、米国と中国を共同事業の一部たらしめるものである。共通の目的およびその詳細が、ある程度、戦略的不安に取って代わるものとなる。これにより、「中国」および「米国」両陣営による二極化ではなく、日本やインドネシア、ベトナム、インド、オーストラリアのような他の主要な国々による、共同体として認識されるようなシステム構築への参加が可能となる。

これは、2008年に我が国がアジア太平洋共同体構想を発表した際の考え方を色濃く反映するものです。

我々が主張するアジア太平洋共同体は、APECに政治的・安全保障的側面を加え発展させるというものでした。しかし、APECにはインドが参加しておらず、また台湾や香港、そしてその他複数の国が参加していることから、これは非常に難しいものとなりました。

第二の方法は、既にASEAN諸国に加え、北東アジアの三ヵ国とインド、オーストラリア、ニュージーランドからなる東アジアサミット(EAS)を拡大し、米国とロシア極東のあるロシアを参加国に加えるというものでした。この場合の利点は、EASが既に安全保障や経済問題を含む幅広い問題を扱う権限を有している点です。

そして 2011年、バリで開催された東アジアサミットで、アジアの歴史上初めて、中国と米国そしてその他すべての域内の主要国が一堂に会し、当地域の将来について首脳レベルで討議し、この構想が現実のものとなりました。

また、これにより、アジアの将来について共通のビジョンを形成するための歴史的な機会がもたらされました。

この第一回目のサミットでは、長年におよぶ南シナ海問題への対応について首脳間で討議がなされました。ASEANは現在、中国と共に、南シナ海における行動規範の草案を作成しています。これは明るい進展と言えます。

また、オーストラリア- インドネシア間でも、今後の国家防災能力向上のための共同地域戦略に向けた共同提案について合意がなされました。これは、我々の地域にとって大変重要な優先課題であり、我々は次なる大きな災害の発生に備え、より入念な準備をする必要があると言えます。

これはまた地域の緊急サービスや軍の間の穏やかな安全保障協力に向けた潜在力を持つ重要な分野であり、よって中国および米国を含む我々すべてにとって信頼・安全保障醸成措置となりうる可能性を有するものです。

EASの首脳は、2012年にEAS金融担当大臣による第二回会合を開催するよう要請していますが、これは、将来の金融分野における連携に向けた行動計画策定のための具体的なさらなる一歩だと言えます。ユーロ圏における危機は、世界の金融がいまだに不安定な広がりを見せており、また、金融危機がより大きな経済危機を急速に招く可能性があることを考えると、各国それぞれの金融システム間の包括的かつ組織的な取り組みが必要であるということを示しています。

そして最後に、東アジアの首脳は、教育や、気候変動問題、持続可能な都市作りに向けた共同の取り組みに関する定期的な閣僚会議の開催など、社会や環境などその他の分野についても、さらなる措置を講じています。

オバマ米大統領は、バリで東アジアサミットの重点分野の拡大を訴えましたが、我々も同感です。これは幸先の良いスタートと言えますが、これまでには数十年におよぶ地域の漂流があり、そして将来に向けた共通議題を前進させるための中核をなす機関が不在でした。

過去数十年の間につのった戦略的な不信感を払拭するために動き出したばかりの機関が持つ能力を、誰もが強く認識しています。

行く手には 多くの試練が待ち受けていることでしょう。しかし、広範におよぶ地域的課題に対処するため我々は堅調に滑り出しました。チャーチル英元首相が述べたように「長い議論の方が長い戦争よりまし」ということです。

まず第一に、安全保障対話がまったく当然のこととして見なされる開かれた議題を扱う定期的な首脳級対話の習慣そのものが本質的に常態化しつつあります。そうでない場合、完全な二国間首脳会議は開催頻度も少なく、その期間も離れていることが多いため、その間に漂流が起きやすく、誤解が定着し危機の発生につながる可能性があります。

第二に、米中対話の結果に直接的な影響を受ける国々(すなわちアジア諸国)が同席する中で、この二国が安全保障対話を開催しうるという事実そのものが、惰性で衝突へと向かうのではなく協調へ動くという習慣を確立し始めています。共通の安全保障という概念は、ある一連の特定行動に関する具体的な原則であると同じく習慣でもあるのです。

第三に、キッシンジャー博士が我々に再認識させてくれるように、アジアの将来は、中国と米国がそれをどのように描いているかに大きく左右されるということです。しかし、我々アジアの他の国々は、仮にすべてが立ち行かなくなったとしても、それをただ単に巻き添え被害として受け止めるべきではありません。

アジア地域は我々が暮らす地域でもあり、そうであれば、我々がこの地域の将来に共通の戦略的ビジョンを形作っていくべきなのです。

第四に、真に困難な課題が生じた際に、我々はそれらの解決を先延ばしにすべきではありません。北朝鮮の核兵器プログラムやその拡散は、単に6カ国協議参加国だけの問題ではありません。北朝鮮のロケットの飛行距離や同国が既に保有している核装置を考えれば、好むと好まざるとに関わらず、これは我々すべてに影響を及ぼす問題といえます。

そして最後に、協調は時の経過と共に透明性や信頼、信用を構築します。軍事費や軍事演習のさらなる透明化や、信頼や安全保障醸成措置の増加はそのような信頼の構築に向けて貢献することでしょう。

米中それぞれの国益および価値体系に見られる大きな違いは、しかしながら、当面の間、存在し続けることでしょう。

とは言え、中国の言う「調和の取れた世界」の概念には、米国、域内のその他の国々、そして世界中が共に協調しうる何かがあります。

この概念は、アジア太平洋地域の規則に基づく秩序の今後の展開を含め、多国間による規則に基づく秩序の将来像と両立し得るものです。

もし仮に米中間で共通する戦略的ビジョンが最終的に達成不可能であったとしても、合意基準に基づく枠組みにおける共通の戦略的共存は達成不可能なもとのなるべきではありません。

これらの課題に関して、わが国の政策は依然として楽観的なものであり、オーストラリアは、アジア太平洋地域における今後の共通安全保障概念の発展に向け、引き続き積極的に関与していきます。

世界は実に歴史的な時代を迎えています。

長らく続いたもの、そうでなかったものを含め、過去には、数多くの平和な時代がありました。

ローマによる平和(パクス・ロマーナ)、大英帝国による平和(パクス・ブリタニカ)、アメリカによる平和(パクス・アメリカーナ)‐しかしながら、これらの平和はすべて、支配的な経済力と軍事力を保有する一国によって支えられたものでした。

今日我々に課された任務は、後の歴史の教科書の中で「太平洋による平和(パクス・パシフィカ)」と呼ばれるような、米国、中国の勢力と米国の継続的な同盟国の実情を認めながらも、最終的には共通安全保障の原則に根差す平和を、共に作り出すことができるかというものです。

もし我々がそのような共通の未来を共に形作ることができたなら、我々は、自らの子ども達からだけでなく、世界中から、歴史を単に繰り返すのではなく、その教訓から学びを得たとして感謝されることでしょう。